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素晴らしい音楽の恐ろしさ

・シモン・ラックス、ルネ・クーディー 『アウシュヴィッツの奇蹟 死の国の音楽隊』(大久保喬樹訳、音楽之友社、1974)

本書の著者の一人シモン・ラックスは、ワルシャワ生まれのユダヤ人で、第二次大戦中は、アウシュヴィッツに捕られていた人物である。

だが彼は、楽器を弾くことができたがゆえに、収容所で、食べ物や衣服などを優先的に手に入れられる特権的な地位に就くことができ、そこを生きて出ることができたのだった。本書はその体験記である。

ジョルジュ・プティが、かつて自分が捕らえられていた収容所跡を戦後50年を経て訪れた際の作品『ランゲンシュタインへの帰還』のなかで記しているように、どの収容所でも音楽が奏でられていた。以下は私の戯訳。

「『パリ・マッチ』の記事でも読むかのように収容所の体験記を読む人は、飢えにとりつかれた我々がいっさいの文化的関心を捨て去ってしまったと勘違いをする。そうした文化的関心のなかでももっとも繊細なものである音楽は、つねに収容所のなかにあった。SSも囚人も音楽の美徳をまったく疑わなかったし、彼らはしばしば音楽を利用したのだった」(Georges Petit, Retour à Langenstein, Belin, 2001, p.81)。

そして、ラックスは、解放後に自分の収容所体験を話すときの戸惑いを次のように記している。

 「[…]私に話を聞きにくる人々は、私がアウシュヴィッツ一般について話し、それからとくにそこでの音楽活動について話すと、その度に信じられないような顔をするのだった。
 「何ですって?」と彼らは言う、「それではあなたのいた収容所では音楽をやっていたというのですか? 何の役に立つのです? 何を目的としてです? 一体あなた方は何を演奏していたのですか? 葬送行進曲でもやっていたのですか?」」(12-13ページ)

だが、ラックス自身は、1948年に出版された本書(Musique d'un autre monde)には満足がいかず、1979年にあらためて、『アウシュヴィッツのメロディー』Mélodie d'Auschwitz(trad. par Laurence Dyèvre, Cerf, 1991)という本を上梓している。『アウシュヴィッツの奇蹟』はもともとフランス語で出版されたが、ラックスはポーランドでも出版したいと考えていた。だが、ポーランド当局からは、「あまりに牧歌的作品であり、ドイツ人に過度に迎合的で、囚人があまりに道徳心や尊厳の欠如した人々として描かれているがゆえに、出版には不適当である」という返事が出されてしまうのだった(Mélodie d'Auschwitz, p.19)。

そこでラックスは、1979年の『アウシュヴィッツのメロディー』の冒頭で、次のように書き記すことになる。以下は私の戯訳。

「ポーランド当局からこの返事をもらたっとき、私は彼らが考えていることを理解しなかった。だが、すぐに理解の糸口が見つかった。私の本の読者は、ドイツ人――我々を虐待する者たち――の犠牲者が胃を満たすことしか考えていないときに、彼らが音楽にうつつを抜かしていると考えてしまうのだった。ショッキングだ! 事態をこんな風に描くなんて! 死刑執行人を理想的に描き、すでに卑しくさせられている犠牲者たちをいっそう卑しくさせることではないか、というわけである」(pp.19-20)。

当局からのこの返事を読むと、福田和也がフランスのコラボ作家たちについて立てた問いが、ふと頭に浮かぶ。「[なぜ]文芸や音楽に対する理解と愛情、深い内省と研鑽が、卑劣で矯激な殺意や憎悪と共存できるのか」と福田は記していた(『奇妙な廃墟』、ちくま学芸文庫、20ページ)。

(ところで、『奇妙な廃墟』における福田の議論がいささか乱暴に私に見えてしまうのは、彼の用いる「ヒューマニズム」という言葉の多義性によるものと思われる。そこで論じられる「コラボ」作家たちの姿勢は、「反ヒューマニズム」という軸でよりも、「反大衆」、「反民主主義」、さらに言えば「国家-唯美主義」という視点で纏めた方が、実態を把握しやすくなるのではないか、と私は考えている。福田は、コラボ作家たちが「人間性の破壊に奉仕する文芸を示している」と記すが(22ページ)、私は、彼らが「近代的大衆性を破壊した先に復活させられるべき本来的人間像の再確立に奉仕する文芸を示している」と考えており、この点で「国家-唯美主義」的とも言えるのではないかと考えている。)

しかし、本当にそうなのだろうか。収容所という人間破壊が試みられている場所で、きわめて「人間的な」音楽、それも芸術の精髄とも言えるモーツァルトなどのクラシック音楽が演奏されたということは、それほど不釣合いなことなのだろうか。

プティは、音楽が収容所では「しばしば利用された」と記していたではないか。ここで、私としてはむしろ、パスカル・キニャールの言葉を参照したくなる。キニャールは、『音楽への憎しみ』という本を書いているが、このタイトルは、「音楽をもっとも愛した者たちにとって、音楽がどれほど憎むべきものとなりうるのかを表現しようとした」ものである(Pascal Quignard, La haine de la musique, coll. Folio, p.199)。その書物で、キニャールは次のように記している。以下は私の戯訳。

「身震いしながらもこのことを理解しなければならない。まさに音楽の鳴るなかで、あれら裸の身体はガス室へと入っていったのだ、と」(p.200)

つまり、音楽がもたらすのは「癒し」なのではなく、あるいは少なくとも「癒し」だけなのではなく、何よりも、「力」にほかならない。

「音楽は人間の身体を犯す。音楽は人間を立たせる。音楽のリズムは身体のリズムを活気づける。音楽に出会うと、耳は閉じることができない。音楽とは、一個の力なのだから、あらゆる力に結びついている」(p.202)。

それゆえ、「音楽は魂にとって抵抗できないものだ。それゆえに、音楽は抵抗しえない形で苦しめる」(p.211)。音楽とは、支配と従属の具現なのである。そして、音楽の快楽としての側面のみが幅を利かせ、音楽の恐ろしさが忘れ去れたなかで、音楽の恐怖が利用された、というこの点こそがまさに恐るべきことなのではなかろうか、と思われるのだ。

とはいうものの、音楽は「利用された」だけではない。

移送収容所だったテレージエンシュタット収容所では、ギデオン・クライン、ヴィクトール・ウルマンやハンス・クラサたちが作曲していた。オーストリアの村でパウル・グルダとあるクァルテットがテレージエンシュタットの曲を演奏するのを聴いたことがあるが、私などにはまるでその曲の背負っているドラマが見えず、「ごく普通の」クラシック音楽に聴こえたのだった。

 「カレル・フレーリッヒは、突如として、テレージエンシュタット収容所とそのゲットーが、作曲したり演奏したりするのに「理想的な条件」を備えていた、と[インタヴューのなかで]述べている。
 「そこには安全などというものが絶対的に欠けている。翌日には死が約束されており、芸術は生き残ることと同義となる。時間は流れるが、もっとも際限がなくもっとも空虚な時間の流れという試練を経なければならない。フレーリッヒは、これらの条件に加えて、通常の社会にはありえない「本質的な要因」を挙げている。
「私たちは実際には聴衆のために演奏したのではありません。なぜなら、聴衆は絶えず消えていったからです」。」(p.232)

このように見るならば、音楽はけっして「高尚で教養溢れる趣味」に留まるものではない。キニャールが伝えているフレーリッヒのこの話を出発点として、音楽というものについて一度考え直してみたいものだ。人文主義的教養という枠組みではけっして捉えきれない、音楽の核心の一つ、ひいては芸術の社会的媒介機能の恐るべき、いわば「正負合わされた」一面が、ここにあると思われるからである。

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コメント

音楽(特に西洋音楽)は、全体主義のお手本でありえます。オーケストラと軍隊はシステムの産物です。ハメルンの笛吹きですね。

投稿: 自力文団 | 2006.11.06 02:23

自力文団さま
お元気ですか。ブログを覗いてくださるばかりか、コメントまでくださり、どうもありがとうございます。なお、二つ目のコメントを最初のコメントに反映しました。

音楽ないしミサをモデルとして「共同体」を考えるということは伝統的に行なわれているのかな、とも思いました。ワグナー論を書いたマラルメが念頭に浮かびます。

と同時に、音楽には、意識を緊張させ結集させるだけではなく、注意をほぐす働きもあるように、漠然と思っています。ナチスがワグナーを持ち上げ、メンデルスゾーンたちを貶したという事象などに、音楽の両義性を見て取りたくなりますが、まだまだ勉強しないと私には分かりません。

ともあれ、きれいな音楽や演奏は聴いているだけで、理屈ぬきに幸せになりますよね(そこが怖いところなのかもしれませんが……)。

投稿: 安原伸一朗 | 2006.11.07 16:09

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