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呪われた過去を他人が描くこと

・ディディエ・デナンクス 『死は誰も忘れない』(高橋啓訳、草思社、1995)、『記憶のための殺人』(堀茂樹訳、草思社、1995)

他人が人の過去の秘密を暴くこと、それもきわめて危険で呪われた過去を暴くことは、その秘密を暴く人自身を安全な立場には残しておかない。いや、暴く人だけではなく、その暴かれた秘密を共有する人々――その時点で秘密はもう秘密ではなくなるわけだが――をも無傷には放ってくれない。

モーリス・パポンを題材にしたフィクションである『記憶のための殺人』では、主人公の刑事カダンは、とある若者の殺人事件を捜査する過程で、1961年のアルジェリア人たちのデモとパリ警察による大量殺戮の最中に――これはこれでフランスにおける一つのタブーである――歴史教師が殺害された、遠い過去の事件とのつながりを感じ取る。しかし彼は、いたるところで、過去の事件を掘り返さぬよう、忠告を受ける。たとえば、カダンに協力する刑事仲間のダルボワは、別の同僚にこう戒められている。

「いいか、ダルボワ、この件は放っておくんだ。この20年間でその問題を蒸し返そうとしたのはあんたが初めてだ。歴史の教師が国家転覆を企てる組織に情報を提供し、フランス政府がその男を処分することにしたなんて事を立証したところで、誰にも何の役にも立ちはしない。今ではこの事件は、アルジェリアとフランスの二つの国家に係わることになる。過去の亡霊がいまさら現れたところで、どちらの政府にとっても何の利益にもならない。」(87ページ)

とはいえ、カダンは調査を進めて、謎は一応は解決される。そうして明らかになる過去とは、第二次大戦中のフランスが行なっていたユダヤ人移送というもう一つのタブーだった。

実際、ヨーロッパ全土における「ユダヤ問題の最終的解決」が実務者レヴェルで話し合われた1942年1月のヴァンゼー会談の議事録に、スカンディナヴィア諸国においては困難が予想されるが、「占領地域・自由地域を問わず、フランスにおいては、排除されるべきユダヤ人数の調査は、おそらくは大過なく行なわれるはずである」と記されているのを読むと(Die Wansee-Konferenz und des Völkermord an den europäischen Juden, p.117. La conférence de Wansee et le génocide des juifs d’Europe, p.48)、ひどく陰鬱な気持ちにさせられるし、なぜフランスにおいてはさしたる障害もなくユダヤ人移送が行なわれてしまったのか、考えていかねばならないだろうと思う(そしてもちろん、1961年10月の出来事やアルジェリア戦争時の拷問についても考えていかなくてはなるまい)。

翻って、大戦中のレジスタンスとてけっして一枚岩ではなかったことを示し、私利私欲を満たす方便としてレジスタンスを利用した人物に陥れられたジャン・リアクールを描いた物語が、『死は誰も忘れない』である。これは、レジスタンス神話を打ち砕き、戦中戦後の混乱期を狡賢く生きた人々をも描く物語であり、歴史の激変のなかで市井の人々がどのように振舞ったのかをありありと想像させてくれる。

デナンクスの物語の登場人物は殺されたり殺したり傷ついたりするが、それに留まらず、彼の物語を読む私自身、そこに描かれた事柄が完全なるフィクションではないことを知る限り、どうしても陰鬱な気分にさせられるし、逆に、いたずらな興奮が禁じられているようにも思われる。謎解きの高揚感ではなく、解かれた謎のもたらすその陰鬱さこそ、呪われた過去と向き合う際に必要なことなのかもしれない。私はデナンクスの物語にまるでカタルシスを覚えなかったが、それはむしろ必然的なことであるように思われる。デナンクスは、過去を、小説としてたやすく感動を与えて消費されるべきテーマとして扱うどころか、綿密な事実調査に基づいて、いわば傷口に蓋をしない物語として提示しているからだ。

こんなことを考えるのは、ドイツ軍の占領するパリを描いたピエール・アスリーヌの『密告』が思い出されたからである(白井成雄訳、作品社、2000)。本書もまた、沈痛な気持ちにさせられる物語だったが、それは、当時のパリでユダヤ人を密告するごく普通のフランス人が描かれているからだけでも、そうした密告がフランス警察によって巧妙に強いられた様が描かれているからだけでもなく、アスリーヌ自身に限りなく近い語り手自身が、自分がほじくり返した他人のおぞましい過去にその当人もまた苦しみ続けていたことを発見するからでもある。

語り手は、大戦中に隣人を密告してパリ解放直後に吊るし上げられたその女性の過去を暴きながら、すべてを知ったとき、次のように思い至るのだ。

「この時、この時になって初めて、彼女に対するなんとも言えぬ罪悪感が一瞬身をよぎった。これまでは自分だけが苦しんでいると思い込んでしまっていたのだ」(179ページ)

だが、時すでに遅し。彼は、さらなる悲劇を招いてしまうことになるのだった。

ところで、確かに、喧しい告発や声高な主張が必要な局面というのはあるだろう。けれども、デナンクスの『死は誰も忘れない』では、有無を言わさぬ弁論を繰り広げた検事が、まるで自分の過去を隠すためであるかのように理路整然と主張を展開し、戦後を生き抜いてしまうのに対して、その検事を前にしてほとんど発言を許されない主人公が悲劇を生きざるをえなくなっていたように、むしろ、声高に語られないところにこそ、個々の現実があるようにも思われる。そして、そうした現実をいささかなりとも拾い上げてくれるのが、これまた声を張り上げることがない文学、つまりは、感動を押し売りするどころか、カタルシスをもたらさぬことで、その現実へと目を向けさせてくれる文学作品なのではなかろうか。

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