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13歳という年齢

・ウラジーミル・ナボコフ『ナボコフ自伝』(大津栄一郎訳、晶文社、1979)

とある研究会のために読んでみた。1899年生まれのナボコフは、ペテルブルグの名門貴族の出だが、ロシア革命によってイギリス、そしてドイツへと渡り、最終的にアメリカに亡命した。英語に堪能だった彼だが、イギリスに移った際には、「ロシアから救い出してきた唯一の財産――ロシア語――を外国語の影響で忘れたり、損なったりしないかという心配は本当に病的なほどだった」と述べている(215ページ)。沼野充義は、ナボコフは結局どの国の作家だろうかという問いを立てて、その背景に触れながら、「それとも、ナボコフは作家、それだけでいいのかも知れない。スイスのモントルー郊外にある彼の墓には、フランス語でただ一言、”ecrivain”(作家)と刻まれているだけで、国名も、いかなる形容詞も添えられていないという」と記している(『徹夜の塊 亡命文学論』作品社、2002、113ページ)。

本書は、アメリカに移住するまでの生活を、「記憶よ、語れ」という副題が示しているように、つれづれかつ繊細に、美しく描いている。「これまでも私はこの人生の前後にひろがっている、個人的なものの入り込む余地のない闇のなかに、なにか個人的なものがかすかにでも見えはしないかと精神をふるいたたせて努力してきた」と記すナボコフは(10ページ)、しかし、記憶の儚さをではなく、語られることで大切な記憶が自分のなかでぼやけてしまいかねないことへの惧れを吐露している。

「かねがね大事にしてきた想い出を、たとえば、小説のなかの人物に与えたりすると、突然人工の世界にほおりこまれる[ママ]ためか、それがだんだん衰弱して影のうすい存在になってしまうということは、なんども経験している。想い出が心のなかから消えてしまうわけではないが、それが個人的な暖かみや過去に誘いこむ引力を失ってしまうのだ。そしてやがて私のものというより小説のものになってしまう――それまでは芸術家など近よれないように大事にしまってきたのに。」(70ページ)

語らないことで守られる貴重な思い出、とはいえ、語らないことには残らない。こうして、本書に読まれるのは、波乱の人生というよりは、幼少時代のかけがえのない幸福な生活である。蝶の採集に没頭したり、多くの家庭教師を子供の目線から観察したりする日々や、女の子との出会いや文学への目覚めなど、そのあまりにも幸せに見える子供時代は、過去を回顧する姿勢によって描かれるというよりは、まざまざと眼前に蘇るかのように記される。ナボコフは本書で繰り返し、時間の流れを信じないと述べている。しかし、時間の流れに逆らうのは、幻想的にも思われる文章(とはいえ幻想的ではなく繊細なのだろうが)とは裏腹に、夢のなかでは可能とならないという。

「死んだ人たちに夢のなかで会うと、快活だった生前とは打って変わって、いつも黙ったまま、迷惑そうに、奇妙に憂鬱そうにしている。私にしても、彼らが生前に来たことがないようなところで、たとえば、彼らが知り合わないで終った私の友人の家などで、なんの奇異の念もいだかずに彼らに会っていたりする。彼らは死が恥しいことのように、恥しい一族の秘密かなにかのように、ひとり離れて床をにらんで坐っている。生きている人間が生命の領域のかなたをのぞけるかもしれないのは、そんなときでは――そんな夢のなかでは――ない。」(39ページ)

そうではなく、忘我のような恍惚感をもたらす真空状態のなかにおいて、一瞬のうちにすべてが吸収されるのである。

「率直に告白するが、私は時間の存在を信じるものではない。私は魔法の絨毯は、使った後、ひとつの絵が他の絵と重なり合うようにたたんで置きたいのだ。来客がそのためつまづいても仕方がない。そして私が時間非存在性をもっとも楽しむのは――でたらめに選んだどんな風景のなかにあっても――珍種の蝶とその食樹に囲まれているときなのだ。そこにこそ恍惚境がある。そしてその恍惚感の背後には説明しがたいなにかが隠れている。それは私が愛する一切のものを吸収してしまう一瞬の真空状態のようなものである。」(107ページ)

そしてその瞬間を見極めるのは、友人の言葉を借りて、詩人と呼ばれるかのようだ。

「ずっと後になってのことだが、哲学者の友人はよくこう言ったものだった。科学者は宇宙のある一点で起きる一切のことを見きわめようとするが、詩人は時間のある一点で起きる一切のことを感じとろうとするのだと。」(173ページ)

それゆえ、本書は、直線的に過去が語られるのではなく、それぞれのエピソードが積み重ねられて展開していく。もちろん、本書には、「運命の激変は大打撃だった――なかったなら、どんなにか幸福だったにちがいない」などと記されてはいるが(203ページ)、たとえば、ポレンカという少女と知り合い、性を意識し始めた13歳の頃について、次のように記すナボコフは、やはりとても幸せな少年時代の描写ではないか。

「私と彼女が13の年の6月のある日のこと、私はオレデジ川の川岸でいわゆるうすばしろちょうを――正確にはパルナシウス・ムネモシネ種を――[…]採集しようとしていた。夢中になって探し回り、そのあげく、乳白色のやまさくらんぼや黒っぽいはんのきが密生した低いやぶを作っているところに迷いこみ、気がついてみるとすぐ前が冷たい青い川になっていた。急に近くから人の叫び声と水のはねる音がわっと聞こえてきた。そのとき、芳しい香気を放っているやぶの後ろから、ポレンカと3、4人の子供たちが数フィート離れた壊れた古い更衣小屋から出てきて素っ裸で水浴びしているのを見たのだった。」(166ページ)

というのも、同じように思春期を迎える少年を観察しているものの、たとえば、時代も地域も違う別の作家の自伝的物語、しかも同じようにエピソードを時系列に並べるのではなく現在の視点を織り交ぜつつ積み重ねる形で記された、13歳の頃の描写とは、かけ離れたもののように思われたからである。

「なにかが変わっていく。四六時中、自分が戸惑っているような気がする。視線をどこにやればいいのか、両手はどうすればいいのか、体をどう構えればいいのか、顔にどんな表情を浮かべればいいのか、わからない。だれもが自分を凝視し、採点し、自分が欲情しているのを見抜いている。甲羅から引っ張りだされた蟹のような気分だ。ピンクの、傷だらけの卑猥な蟹。
「かつてはいろんなことを思いついた。行きたい場所、話したいこと、やりたいことがたくさんあった。[…]内側からあふれ出るように感じられたエネルギーはもうない。13歳という年齢で、無愛想に顔を顰めて暗くしている。この新しい、醜い自分が好きになれず、そこから引っ張りだしてほしいと思うが、独力ではどうすることもできない。でもいったいだれが、自分のためにそんなことをしてくれるというのだ。」(203-204ページ)

これはJ.M.クッツェーの『少年時代』の一節(くぼたのぞみ訳、みすず書房、1999)。1940年に南アフリカのケープタウンに、アフリカーナーの血を4分の3もって生まれたクッツェーのこの物語は、家族や学校、および自分自身に対する少年の敵意や悪意、そして残酷さに満ちている。しかもクッツェーは、三人称で本書を記しているのだ。何という距離感か。けれども、そうであるがゆえにいっそう、10代初めの少年という存在の一面が抉出されているように思われる。それは、外の世界に飛び出すことを欲しながらも、いつもじりじりと自己反省している存在なのだ。

「母親の見張るような警戒心から逃げだせたらどんなにいいだろうと思う。そんな時がやってくるかもしれないが、それを成し遂げるには、自己主張をしてひどく暴力的に母親を拒絶しなければならないから、その衝撃で母親は後退り、彼をつかんでいた手を放すことになる。その子はその瞬間ばかり考えてしまい、母親の驚いた顔を思い浮かべ、彼女が傷つくのを感じて、一気に押し寄せる罪の意識に苛まれる。そうなると、そのショックを和らげるためにはどんなことでもする気になり、彼女の傷ついた心を慰め、自分はどこへも行かないと約束することになるのだ。」(164ページ)

それにしても、まったく対照的なナボコフとクッツェーの自伝的物語ではあるが、とても細かい点で一致しているのが何とも興味深い。二人とも、列車に興味をもっているのである。クッツェーは皮肉交じりに、こう記す。

「その子は自分が、たぶん教師になるだろうと思っている。大人になったらそうなふうに[ママ]暮らすのだろう。まあ退屈な人生だろうが、ほかにどんな生き方があるというのだ。長いあいだ汽車の運転士になろうと思っていた。「大人になったらなんになるの」と伯父や伯母によくきかれた。「汽車の運転士!」と大声で答えると、みんなうなずいてにっこり笑ったものだ。いまはもうわかっている。この「汽車の運転士」が、小さな男の子ならだれもが期待する答えだということを。」(42ページ)

それに対して、ナボコフは、フロイトに猛然と抗議しながら、「男の子が車輪のついたものに、とくに汽車に、見せる情熱の烈しさを、人類誕生の昔にからませて考えるのはなかなか意味深いことかもしれない」と書き(248ページ)、彼自身、夜行列車に乗った時のことをこう述べている。

「自分を寝つかせるときは、自分が機関車の運転手になったつもりになりさえすればよかった。」(112ページ)

私もまた列車が好きだったが(今でも嫌いではない)、それはもちろん、自分が彼らと同じであることを意味しはしないけれど、ナボコフやクッツェーという大作家もまた、鉄道に興味を示した時期があるというのは、それぞれの書物に描かれた激動を抜きにして、何だか微笑ましい。

そういえば、以前読んだ本のなかで、野崎歓は、男の幼児には「電車段階」がある、と述べていた。これはいったい何なのか(心理学などでは解明されているのだろうか)。ともあれ、この現象は、線路のあるところに育つ男児にとっては世界共通のものなのかもしれない(いや、ひょっとすると、鉄道のない地域に育つ男児にも見られるかもしれない)。

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