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謹賀新年

読書メモとしてこのブログを始めてから9年近くになりますが、すっかり放置してしまっております。

昨年、というより、このところずっと、合田正人『幸福の文法』(河出ブックス、2013年)にも読まれる「誰であれ人の最果てに」という言葉に――これはもともと、彼のピエール・パシェ論のタイトルだった(『文学』岩波書店、2008年、3-4月号)――、勇気づけられ、突き動かされてきた。

映画『ハンナ・アーレント』に雄弁に描かれていたが、アーレントは、「人類」という概念を抹消しようと試みたアドルフ・アイヒマンを、思考せぬまま命令にしたがって業務を遂行した小市民として描いて見せた。考えること、考え続けることの必要性や力にかんする主張にまったく異論はないけれど、「ナチの恐怖を説明し、そして同時にわれわれが魅惑され続けるのは、「人間」という言葉が表わすものを再定義しようとする、ナチのその試みである」と、ダン・ストーンが記すように(『ホロコースト・スタディーズ』武井彩佳訳、白水社、2012年、p.284)、まるで類似の経験をもたない自分が、この時代の出来事に「魅惑」されてしまう点が恐ろしくもある(なお、私自身は「ホロコースト」という表現を用いない)。
報道写真についてスーザン・ソンタグは「写真は混じりあった信号を発信する。こんなことは止めさせなさい、と写真は主張する。だが同時に写真は叫ぶ。何というスペクタクルだろう! と」と述べていたが(『他者の苦痛へのまなざし』北条文緒訳、みすず書房、2003年、p.75)、こうした両面性は、写真に限らず、極限体験の証言全般に言えるだろう。
また、ロバート・イーグルストン『ホロコーストとポストモダン』(田尻芳樹・太田晋訳、みすず書房、2013年)は、証言作品の読解については実のところ納得できない個所があるものの――私はやはりホルヘ・センプルンをさほど評価できず、ロベール・アンテルムを高く評価してしまうのだが――、20世紀後半のフランスを中心とする思想が、どれほどショアーの考察および伝承の試みになっているかという分析で、刺激的だった。

カール・ビンディング、アルフレート・ホッヘ『「生きるに値しない命」とは誰のことか』(森下直貴・佐野誠訳、窓社、2001年)は、大戦間期のドイツで刊行された、国家火急の際には「お荷物連中」とされる障碍者などの安楽死を解禁すべきだと主張するパンフレット。抜粋を授業で読んでみたら、学生がこの主張に大いに怒っていたので、何となく安心した。しかし、今の社会を見る限り(もちろん私の見方など限定的で偏ったものだが)、「自分は割を食っているに違いない。それは美味しい思いをしている奴らがいるせいだ」という発想から抜け出るのは、そう容易ではあるまい。問題は、ケアされる人々に大量の物資や労力、金銭が投じられているという視点そのものにあるように思う。というのも、その視点からは、だから国家財政に余裕がないときには安楽死も致し方ないという考えが生じても不思議ではないからだ。
また、大戦間期のドイツにおいて、「「全く意識がなく」なった状態をもって人間の死とするという死の定義の根本的な書き換え」が起こり、それは、「「有機的生命」の源が[…]脳に求められるようになった」(市野川容孝、『身体/生命』、岩波書店、2000年、p.111-112)現代という時代における、脳死をはじめとする人間の死の問題に直結しているとするなら、20世紀前半の出来事は、やはり決定的なものであり続けるのだろう。
いつ現実のものとなっても不思議ではないように見える臓器移植を描いた、帚木蓬生『臓器農場』(新潮文庫)に読まれる、「これまで世間では脳死のみを論議して、ブレイン・ライフについてはひとことも討議されなかった。つまり人間の死を論じる際、ブレイン・ライフは自明のことだったのだ。無脳症児という存在はそこを衝いている。脳がないので、ブレイン・ライフなど初めからない、と断言できるだろうか」(p.328)という強烈な問い質しは、「誰であれ人の最果てに」という視点からも、手放すことはできないと思う。
他方で、「今の日本社会では、これらがすべて問題になっている。高齢化社会、エイズ、安楽死、脳死、末期医療みんな問題だという。しかし、よく考えてみれば、みんな当たり前のことで、それを問題だというほうが問題なのです」という養老孟司『かけがえのないもの』(新潮文庫、p.75)の指摘もまた、「誰であれ人の最果てに」赴くことが自然の摂理である以上、見据えねばならない点だろう。とはいえ、「自然」には当然、狂気も含まれるとするならば、「自然の摂理」などという表現には注意しなければなるまい。というのも、「狂気のなかでは、死者が死者になるというごく当たり前のことが思いのほか難しい」のだから(渡辺哲夫『死と狂気』ちくま学芸文庫、p.51-52、2002年)。

映画にもなった岡野雄一『ペコロスの母に会いに行く』(2012年、西日本新聞社)は、認知症の母を介護する中年男性の物語。とはいうものの、主人公は、やはり母であり、いや、それ以上に、母が生きてきた時間なのだろう。「母が80歳を超え、認知症の症状が出始めた頃から、亡くなった父が訪ねてやってくるようになった」(p.175)などという言葉から、人のかけがえのなさとは、共有されてきた「時」のことにほかならない、と気づかされる。だから、周囲の人にとっては、その共有されてきたはずの時間の「記憶」が消えていくことが辛いことなのかもしれないけれど、本書では、著者もまた、母に寄り添って一緒に過去を遡っていくのであり、その姿が優しくて、美しい。
「記憶のなかに移行した古い過去に新しい生命が宿る。あらたな生命を吹き込まれた過去とともに生きるとき、廃墟は廃墟であることをやめて慰藉となる」という堀江敏幸の言葉が浮かんでくる(『書かれる手』平凡社ライブラリー、p.55)。

受精卵や胎児は、はたして「人の最果て」と言えるだろうか。シモーナ・スパラコ『誰も知らないわたしたちのこと』(泉典子訳、紀伊国屋書店、2013年)は、出生前診断から中絶を選択した女性の話。著者の実体験に基づく障碍児を産まない選択をした人の物語という点において、そうした人々の声がなかなか聞かれないなかで、とても貴重な本。障碍を負うことが分かっている胎児が、ひょっとして成長してしまうかもしれない、という本書での夫の危惧や恐怖は、どのような子供であろうとその成長を願うのが親というものだと無反省に考えいた私には、新鮮な驚きだった。
そういえば、第二次大戦期のフランスにおけるユダヤ人虐殺(とりわけヴェルディヴ事件)を扱っているタチアナ・ド・ロネの『サラの鍵』(高見浩訳、新潮社、2010年)では、主人公のサラが躊躇なく羊水検査に臨もうとしていた記憶がある。でも、そんな子供たちは本当に「可哀想」なのだろうか。

この点で、佐藤幹夫『知的障害と裁き』(2013年、岩波書店)は、とても示唆的だった。「可哀想」という位置づけは、「可哀想」だから「保護」、「可哀想」だから「排除」という両面性をもってしまうのではないか。許すべくもない殺人事件の被告となった知的障碍者は、当初の弁護士が考えていた「私は知的障害者です。難しいことは分かりません……」との言葉を裁判では述べなかった。「被告人は忘れてしまったのではない、他人の前で口にすることができなかった、プライドがその言葉を口にすることを許さなかった、そのような事態だったとは言えないだろうか」(p.266)という本書での議論は、障碍者の抱える「孤独」に目を向けるべきだという主張と相俟って説得力をもつ。
「孤独」という点では、「この水俣病事件は 人が人を人と思わんごつなったそのときから はじまったバイ。 そろそろ「人間の責任」ば認むじゃなかか。」と訴え、チッソの社員に対して「彼ら人間であれ」と呼びかけた緒方正人が、自分も中心となってきた運動から離脱し、自分と世界とを見つめ直そうとした狂気の日々を振り返って、「何が一番苦しいといって、それはやはり孤独」と述べていたことが思い出される(『常世の舟を漕ぎて』、語り:緒方正人、構成:辻信一、世織書房、1996年、p.106)。「本来、責任というのは痛みの共有だと思うんです。ところが、痛まずにすませるために、「これだけの金額で我慢してくれ」という商取引のような関係にもってきてしまう。金は責任という言葉に変換される。そしてこの変換によってなにか重要なものが失われていくんです」(p.166)と語る緒方が見出したのは、「水俣病患者という集団の一員ではなくて「緒方正人」という個」(p.125)だった。
被害者は集団性に溶け込んでしまう以上、「人間」は加害者から生まれる、というようなことを石原吉郎は書いていた覚えがあるが、アウシュヴィッツであれシベリヤであれ水俣であれ(こうした並列は、それ自体がスキャンダラスなものかもしれないが)、あるいは認知症であれ障碍であれ瀕死であれ(この列挙もスキャンダラスだが)、誰しもが「人の最果て」からやって来て、「人の最果て」に赴く以上、「個」としていかに生まれ「個」にいかに向き合うか、そして「個」をいかに手放さないかが、いつも問われることになるのだろう。「人間の限界を諦念をもって受けとめているという人がいる。しかし、たいていは立派な偽善である。執着とルサンチマン(遺恨)のかたまりこそ人間の真実であり、限界の意識に常にからまっている」のだとすれば(霜山徳爾『人間の限界』岩波新書、p.4)、なおさらである(2014年1月4日・5日、若干加筆)。

ともあれ、好き勝手に書き散らすだけのこのブログを訪れてくださる方にとって、今年が良い年でありますよう、お祈り申し上げます。

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