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呪われた作家たち2

 「フランスには三つの権力がある。共産主義、大銀行、それにNRFだ」。第二次大戦開戦時の駐仏ドイツ大使オットー・アベッツはそう述べたと伝えられる。フランスにおけるドイツの相手は、政治、経済、そして文化にわたると示されたわけである。

 1940
5月まで、ドイツ軍とフランス軍は戦火を交えない「奇妙な戦争」が続くものの、すでに前年の9月、フランスはドイツに対して宣戦布告していた。戦時下においては一般に表現の自由が厳しく制限される。当時のフランスにおいても国防を損なう類の出版物が情報局の検閲の対象とされたが、406月にフランスがドイツと講和を結ぶに至って、今度は反ドイツ的な刊行物、およびユダヤ人やドイツから亡命した作家の著作が発禁措置を受けることになった。

 ドイツの対仏占領政策が当初、強硬な制圧というよりはむしろフランスからの自発的な協力に礎を置こうとしたのと同様に、外務省のドイツ研究所と宣伝省の宣伝梯隊が競合しながら占領地帯において進めた検閲もまた、形式上はフランスの出版界が自発的に行う形が取られた。ドイツ当局が、紙の配給権を握ることで実質的に出版物の内容をコントロールしていたものの、
4010月に初版が発布され大戦中に2回改訂される禁書リスト「オットー・リスト」の前文には、「フランスの出版社は、次のリストならびに将来公表されるかもしれぬ同種のリストに記載される作品を、書店と販売部から引き上げることを決定した。[…]ドイツ当局は、フランスの出版社の自主的行動を喜んで認め、自らも必要な措置を講じた」と記されている。

 パリを逃れて自由地帯に散らばった出版社は少なくなかったが、ヴィシー政府下でも、
4010月からユダヤ人が出版業から排除されるなど、親独的政策が打ち出されていたし、「リヨンだろうとアルジェだろうと、フランスの知的、芸術的首都であるパリ以外の場所で“現われ・本を出し”たところでどんな意味があっただろうか」との思いが、作家や出版者の脳裏によぎっていた(ピエール・アスリーヌ『ガストン・ガリマール』天野恒雄訳、みすず書房)。

しかしながら検閲によって親独的な出版物がすべて許されたわけではないから、事態はいささか込み入っている。ドイツから見れば、フランスはドイツに協力すべきではあれ先んじてはならないがゆえに、ヒトラーやムッソリーニといった指導者の著作はフランスでは禁書とされた。また、ローゼンベルク機関の文化局を指揮していたベルンハルト・パイルが、逆に、推奨すべきフランス文学を論じた『不死鳥か灰か』では、当時フランスで大いに読まれていたセリーヌについてはその文体に対して大きな留保が示され、ヴィシー政権のイデオローグとなったシャルル・モーラスのナショナリズムには、「ヨーロッパ新秩序」に背くものとして不信の目が向けられていた(Bernhard Payr, Phénix ou cendre ?, trad. de l’allemand par Gérard Loiseaux, in La littérature de la défaite et de la collaboration, Fayard)。

 しかも、文学に造詣が深かったことで
40年末から検閲官に任命されたゲルハルト・ヘラーは、仕事を幸いとばかりにフランス文学を読み漁り、パリの文学サロンを渡り歩きながら、ポーランをはじめとして、マルセル・ジュアンドー、ドリュ、マルセル・アルランら同時代の作家たちと交流し、ブラックやピカソ、フォートリエといった芸術家たちの知己を得たのである。彼は、回想録でポーランを「わが師」と呼び、「私はすべてを彼から学んだ。私にとって彼は厳しく、辛辣で、皮肉っぽいと同時に優しい師であった」とまで記すに至る(ゲルハルト・ヘラー『占領下のパリ文化人』大久保敏彦訳、白水社)。若干都合の良すぎる回想ではあるが、このような人物が検閲官だったことは、フランスの作家たちにとっては幸運だったのだろうか。

 けれども、彼は、回想録の表紙の写真に見られるようにやはり検閲官だったのであり、実際、
41年春の時点でフランスの出版社は平均して戦前の3分の1程度の量の紙しか受け取られなかった。そうなると当然ながら出版社間の競争が生じる。ドノエル社は、対独協力作家リュシアン・ルバテの著作を刊行しながら共産党員の作家エルザ・トリオレの作品を出版し、グラッセ社は、占領軍がフランス文化を尊重すると考えて対独協力に踏み出し、ガリマール社は、ファシズムに傾倒したドリュをNRFの編集長に据え、二枚舌を用いて占領軍と折り合いをつけながら出版活動を行っていたのである。

 こうして、第二次大戦中のパリの出版界を舞台にして、ドイツ軍当局と作家たちだけではなく、出版社をも巻き込んで、虚々実々の駆け引きが繰り広げられていたのだった。

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