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呪われた作家たち6

 第二次大戦中のフランスでもっとも読まれた書物の一つであるリュシアン・ルバテの『残骸』は、次のように書き始められている。「フランスは残骸の山だ。事物、教養、制度の残骸の。これらは偶発的な、特異な天変地異の産物などではない。本書はこれらの巨大な残骸の山を積み上げた長期の地滑り、相次ぐ崩壊の見聞記である」リュシアン・ルバテ『残骸』池部雅英訳、国書刊行会。本書はこのように、フランスの弱体化や第二次大戦の敗北に対する糾弾の書であり、1934年から41年のフランスを生きたルバテの自伝でもある。

 1903
年に生まれたルバテは、1929年頃から「アクシオン・フランセーズ」紙の音楽文化欄を担当することでジャーナリストとしての活動を始め、戦後は、『一つの音楽史』という浩瀚な書物を発表している。1930年代、彼は、次第にシャルル・モーラスのファシズム革命への及び腰に飽き足らなくなり、より行動志向の強い「ジュ・スィ・パルトゥ」紙に活動の重点を移し、33年以降は、ドイツからフランスへのユダヤ移民が増えるにつれて反ユダヤ主義に傾倒していく。だが、彼の政治姿勢は、「ジュ・スィ・パルトゥ」紙で一緒に働いていたロベール・ブラジヤックと、反民主主義の態度は深く共有しながらも、本質的には異なっていた。ファシズムを詩情の発露として考えていたブラジヤックに対して、ルバテは、貴族趣味のアナキストだったのである。自分の思想は揺らいでいないとする彼は、あらゆるものを弾劾し、とりわけ身近だった人々に対して変節したと筆鋒鋭く批判した。

 とはいうものの、それは無鉄砲な悪口雑言だったわけではない。ルバテは、
1946年、対独協力者に対する裁判の最終弁論において、「私は自分がどうなろうと知ったことではない。一人の囚人にすぎないのだから。けれども、私は裏切り者ではない。ここで私は自分の名誉を守っておきたい」と発言する(Pascal Ifri, Rebatet, Pardès

 対独協力者たちは異口同音にこのように述べていた。すなわち、自分は祖国に対する反逆者なのではなく、本来あるべき祖国を実現せんがために、現実の祖国を倒そうとしたのだ、と。彼らにとって、民主主義下で、スキャンダルに塗れるなどして政府が目まぐるしく変わり、内政においても外交においても一貫性を欠いていた
1930年代のフランスは、祖国の真の姿ではなかった。彼らからすれば、フランスの脆弱さの原因は、共和制、およびその体制下で一時期にせよ権力を握ったレオン・ブルムたちユダヤ人にあった。その国家首班たちこそ、再軍備を進めたドイツを叩く機会を逸しながらも、戦争を引き起こした揚句にフランスを敗北に導いたというのだ。つまり第二次大戦中、ドイツに協力した人々のなかには、少なからぬ数の反戦・厭戦家がいたのである。

 ルバテはもともと軍隊というものを好み、従軍もしたが、
30年代を振り返って、「我々の過ちは我々が知的な平和主義者だったことだ」と記している。彼の目には、この戦争はユダヤとアングロ・サクソンが仕掛けたものにほかならなかった。それらの勢力からフランスを解放して新秩序を確立せねばならず、そのためには、ユダヤ人を文字通り一掃し、独ソ不可侵条約を破って共産主義に対する全面的な戦いを始めたドイツにならって、フランスを立て直す必要がある。

 そのように考えるルバテが実際に強硬な対独協力者となったのは、
19416月にドイツ軍がソ連に侵攻してからであり、42年に刊行された『残骸』には、「チャーチル・ルーズベルト・スターリンという嘘のような、えげつない『トロイカ』を繋いだのはユダヤ人だ。こんなものが成功したら、それこそ西欧の崩壊だ」といったユダヤと英米、共産主義に対する呪詛と、「私が素晴らしいと思うのは、ドイツがドイツであることではなく、ヒトラーを容認したことだ。ドイツが他のどの国よりも鮮やかに政治秩序を得たことに拍手を送りたい。その秩序の中に私の希望のすべてがある」というナチズム礼賛が氾濫しているのだった(リュシアン・ルバテ、前掲書)。

 しばらくヴィシーで働いた後、その弱腰に幻滅したルバテは、「フランス政府はヴィシーでくたばるか、さもなくば生きる意欲を発見し、そしてすでに希望を選択した人々と都で合流するかだ」と述べてヴィシーと決別し、
41年秋に占領下のパリへ赴くだけでなく、枢軸国側の配色がきわめて濃厚となった19441月においてなお、国民社会主義体制をフランスに樹立すべしと唱えたのだ。福田和也が記しているように、「あらゆる伝統的価値、既存の秩序を憎悪するルバテにとって、[ペタン]元帥とかれのかかげる家庭や友愛を基本とする政策は、古めかしい噴飯ものとか思えず、実現の可能性もないファシズム国家をかたにあらゆるエスタブリッシュメントに対する罵倒を続けることがかれの対独協力の本質であり、わが身と国家の将来に配慮することなく、この崩壊の愉悦に最後まで忠実であろうとしていた」という点において(福田和也『奇妙な廃墟』ちくま学芸文庫)、第三共和制のみならずヴィシーの廃墟を喜ぶまでに一貫していたルバテの振る舞いは、対独協力の論理の一つの極限なのだった。

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