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「本音」の関係?

・中島岳志『秋葉原事件』(朝日文庫)

今から6年以上前の事件だが、学生の記憶にも新しい事件ということから、読んでみた。犯人の生い立ちから家庭環境、仕事の様子から交友関係、そして事件へと至る道筋が詳細に調査され、見事にまとめられたルポルタージュであり、加藤智大という存在が、実のところ私(たち)にどれほど近いかをまざまざと見せてくれる。

 「彼は「ベタ」な現実を「ネタ」化したが、一方で、その「ネタ」が「ベタ」な現実に跳ね返ってきた。現実のデフォルメを繰り返していると、虚実の境目が曖昧になっていった。
 「すべてフィクションの「ネタ」であれば、「ネタ」の強度だけで楽しめただろう。[…]しかし、彼は現実の延長上で「ネタ」を大量生産した。「ネタ」と「ベタ」は、どこまでも地続きだった。
 「また彼は「ネタ」で繋がった人間との「ベタ」な付き合いを重視した。彼にとって「ネタ」への評価は「ベタ」な自分への承認だった。」(166ページ)

この分析など、「ネタ」を「建前」、「ベタ」を「本音」と言い換えれば、ごくありふれた日々の生活にも見えてくる。

しかしながら、読み進めながら、私にはどうにもすっきりしないことがあった。

それはつまり、「本音の関係」なるものの存在が前提されているように見える点だ。実のところ、加藤は、「本音」の関係というものが幻想に過ぎないということを認識していなかったのではないか。彼は、ほとんど唯一と言っていい例外を除いて「本音の関係」を築けなかったというのではなくて、どこかにあるはずの「本音の関係」を追い求めてしまったがゆえに、誰しもが抱える自分の孤独や自分のうちなる深淵に向き合えなかった、ということではないか。だから、「本音の関係」を求める加藤智大という人物は、逆説的にも、「勝ち組」などというきわめて紋切型の軽薄な言葉遣いをしていたのではなかろうか。

「加藤は、リアルな他者と「本音の関係を構築したかった。自分の思っていることを率直に吐露しても、それをしっかりと受け止め、本当の自分を承認してくれる他者がほしかった。」(116ページ)

全面的に受容される経験が、幼児期にはきわめて重要だということはしばしば論じられるが、大人になってみれば、全面的に許容される経験や関係など、少なくとも私にはありえない。でも、人間とはそんなものだろう。なにも、建前だけの生活が人生というわけではない。そうではなく、全面的に肯定されるという関係など幻想にすぎないと承知し、おのれのうちに孤独を抱えながら、なお承認されたいという幻想に身を投じようとする、という程度の自己認識を誰しももっているものではないか、ということである。

だからこそ、誰しも、自分の底なしの孤独を前にしてやりきれないときもあれば、逆に、その深淵にこそかけがえのなさを感じる幸せももっているのではあるまいか。

好きという気持ちだけでは共同生活などできやしない(むろん、それは経済的要素が最重要ということなのではさらさらない)。共生ということで言えば、石原吉郎が浮かんだりもするが、それは、相互理解など絶望的だという地点からしか成立しない。恋愛関係の破綻をすべて「不細工」の一言で片づけてしまうのは、子供の論理である。

そんななか、星野智幸『俺俺』(2010年、新潮社)という物語で興味深いのは、徹底して軽薄なものとなった無数の「俺」からなる集団が、人間的な集団として再生するきっかけとなるのが、食べ物を作る「共同作業」だという点である。

 「想像のうちでまた、雪の溶けた山を俯瞰する。斜面では俺らが何人も土をいじっている。俺らは食う物を、自分たちで作ることができるはずだ。なぜなら、俺は今、を信用しているので、共同作業ができるから。」(242-243ページ)
 「俺は全部で14人が暮らすその小さな集まりの一員に迎えられ、一緒に食い物を作っていくのだが、それはまた別の物語だ。」(249ページ)

共同作業は、「本音の関係などありえないということを熟知しながら、なお本音の関係という幻想に身を投じてみる」という信頼関係から成り立つ。そして共同作業から始まって、受容されるという経験が生まれるのだ。そして、本書の共同作業が、食糧を作るという、生きていくための根本的な作業である点もまた、重要なのだろう。だとすれば、加藤智大が入り浸っていたインターネットではやはり、そうした共同作業は難しいのかもしれない。

ともあれ、そうした幻想に飛び込むことで始まる共同作業は、どんなときにも、ゴールや見返りを設定してしまう姿勢の対極にある。たとえば、これを勉強すればこういうメリットがある、などと考えて始める勉強はやはり寂しいものであり、しばしば、そうした勉強のなかの寄り道の方が楽しかったりする。そして、面白そうだからやってみた事柄は、本当に面白いことが多い(研究はその最たるものだ)。

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